兵庫県知事選の「余波」がまだ続いている。N国党党首の立花孝志氏は30日、一連の問題に火をつけた元県民局長の「公用PCデータ」なるものの一部をついにネット上で公開した。そこには「クーデター顛末記」と題したファイルのほか、不倫相手と思しき女性にまつわるファイルなどもあり、以前からそれらの暴露を求めてきた斎藤元彦知事の支持者らは、これこそが元局長の「悪辣さの証拠」と快哉を叫んでいる。実際には、こういう私的情報をネタにした「告発者潰し」の策動こそ、今回の問題で最も非難されるべき部分であり、このような「吊し上げ」への恐怖から元局長は死を選んだ可能性が強い。にもかかわらず、知事サイドの熱狂的な人々には、そのことへの想像力、自責の念が一切見られない。
前回も触れたが、この問題の本質は、自らの非を指摘された知事本人が告発内容を「公益通報に当たらない」と決めてしまい、公益通報者保護法では絶対に許されない「通報者探し」をしてしまったところにある。元局長はそのために自死したと思われる。もし知事の言うとおり、告発が単なる誹謗中傷だったにせよ、第三者が淡々と告発内容を確認し、「おねだり」にしろパワハラにしろ「そのような事実は存在しなかった」と判定すればいいだけだ。しかし知事は、不愉快な告発を自身の手で握り潰そうとしたのである。
公用PCの押収は、そうした不当なプロセスで行われたことで、そこに告発者のどんな個人情報が見つかっても、通報そのものとは関係ない。百歩譲って知事の対応がすべて正しかったとした場合でも、PC押収で入手した元局長の私的データを、立花氏のような外部の人間に手渡した者の罪は重大だ。知事にもその監督責任がある。立花氏はしかも、今回の暴露データはPCばかりでなくUSBからも取っているとネット番組で明かしている。知事サイドの人々は「公用PCなのだから」と押収を正当化しているが、USBのほうは私物だったかもしれないのだ。
ハッキリ言って、おねだりもパワハラもあったならあった、なかったならなかったで、それだけのことだ(とは言っても、県職員調査の回答数6725件のうち「知事のパワハラを直接見た」という回答が140件もあったことは、知事の仕事を間近で見る職員が全体のごく一部に限られることを考えると、べらぼうに高い数値だった)。この1週間、注目を集めたPR会社の選挙違反疑惑にしても、県警なり地検が粛々と調べればいい話だ。問題の核心は告発の扱いおよびPCの押収、PC情報の流出にあり、さらには立花氏が行った「選挙運動」の徹底検証をすることに尽きる。
今週は『週刊文春』も『週刊新潮』も、問題のPR会社の女性経営者にスポットを当てている。文春は「“公選法違反”疑惑を生んだ 斎藤元彦とPR女社長『会議室の蜜月』」、新潮のほうは「斎藤元彦知事に公選法違反疑惑 大炎上の『美人社長』華麗なる人生の“裏”」という記事だ。どちらも似たトーンで自己顕示欲の強いお嬢様実業家の「やらかし」を伝えている。この話は、彼女の得た(あるいは約束された)報酬が、知事側が申告する「71万5000円」に留まるのか否か、という点にポイントがあるのだが、結局のところ真相は、銀行の入出金記録やメールのやり取りを入手しなければわからない。
両誌とは別に興味深かったのは、『週刊ポスト』に載った「ルポ斎藤応援団に密着1ヵ月」という記事だ。筆者の横田増生氏は、ユニクロやアマゾンの現場に「潜入」した名物ジャーナリスト。氏が描く熱狂的支持者たちの物言いはどれも強烈で、群集心理により一切の異論に耳を閉ざしていることがよくわかる。当人らが自主的にクールダウンして「気に食わない情報」にも手を伸ばそうとしない限り、彼らのスタンスは変わらないだろう。いずれにせよ、選挙違反だの何だのと話を広げるほど、論点はどんどん分散し、議論は支離滅裂になる。「告発者探しおよび告発者潰しの罪」――。オールドメディアの側はこの一点に絞って知事サイドを追及したほうが、まだかみ合う論争になってゆく気がする。
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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。