自死した知人の妻から「おそらくギャンブルで抱えた借金が原因」と打ち明けられたことがある。もう10年以上前の話だ。これを機に意識するようになったせいかもしれないが、「ギャンブル依存症」の情報に触れる機会も増えた。


『ギャンブル脳』もそのひとつ。ギャンブル依存症(本書では〈ギャンブル症〉と記載)の症状、治療からギャンブル依存症が生まれる背景、歴史まで、ギャンブル依存症を巡るさまざまな論点をコンパクトにまとめた1冊だ。


 詳細は本書を読んでいただきたいが、〈ギャンブルという特異な行為の反復によって、ギャンブル症患者の脳内化学伝達物質は大きく均衡が崩れ〉る。その結果、損失のリスクが大きくても、刺激の強いギャンブルに興じてしまうのだ。


〈勝ちに鈍感になるため、興奮を得ようとして、ギャンブル症者は、次第に多額のお金を、しかもリスクの高い方向に賭ける傾向がどんどん強くなっていきます〉という。


 ギャンブル依存症の調査はいくつかあるが、2021年の厚生労働省の発表では有病率は2.2%、人口換算で196万人にも及ぶ。過去の調査結果と比較すると大きく下がってはいるものの、日本はかつて〈米国の二倍、フランスの三倍、英国と韓国の五倍、ドイツの何と十八倍〉〈世界随一のギャンブル王国、いやギャンブル地獄〉だった。いまだ諸外国と比べて高い水準なのは間違いないだろう。


 背景にあるのは、日本のギャンブルへのアクセスのしやすさ。公営ギャンブルは、宝くじ、競馬、競輪、オートレース、競艇が〈戦後復興の為の財源確保〉を目的に設置された。戦後復興はとっくの昔に終わっても、いったん制度ができてお金が入ってくる仕組みが出来上がれば、当初の目的を離れて仕組みや組織は存続し続ける。2001年にはスポーツ振興くじ(toto)が始まった。


 場外発券施設の設置やインターネット購入など、時代とともに購入しやすい環境が整備されている。


 しかし、最大の要因は別の「遊技」にあるようだ。著者が2005年から行った調査によれば、〈ギャンブル症の温床は八割がパチンコ・パチスロだった〉という。


 本書にパチンコ・パチスロを巡る興味深い数値が掲載されている。スロット・マシーンやルーレット台などを含むEGM(エレクトロニック・ゲーミング・マシーン)が世界で770万台の頃に、日本にはその約6割に相当する460万台(現在は356万台)の機器があった。人口比ではカジノで知られるセント・マーチン島、モナコに次ぐ第3位。大企業の御曹司がカジノで大金を「溶かした」ことで知られるマカオより多い。


■タクアンは大根に戻らない


 各種依存症は本人のみならず、同居する家族にも負荷がかかるが、ギャンブル依存症が薬物やアルコールなど他の依存症と比較して際だっているのは、金銭面での負担が大きいことだろう。負け分を取り返そうと、一発逆転を狙って掛け金が大きくなり、借金は膨らんでいく。法改正などで以前ほど大きな借金はしにくくなったとはいえ、〈ギャンブル依存症には必発〉である。そして、しばしば親など親族による尻ぬぐいが行われる。


 しかし、〈尻ぬぐいの行為ばかりは、逆効果であり、ギャンブル症を必ず悪化させます〉という。実際、冒頭の知人も、学生時代に一度親が消費者金融からの借金を肩代わりし、いったんギャンブル癖は収まったものの再発して、冒頭の借金は2度目の返済不能状態だったようだ。


 ギャンブルでの損失が犯罪に向かうこともある。最近銀行で起こった貸金庫からの窃盗事件もギャンブルでの損失が原因のひとつだった。


 困ったことにギャンブル依存症に効く薬はない。目下のところ、自助グループなどに参加して、地道に治療を続けていくほかない。ギャンブル脳のへの変異は不可逆的で、治療をやめるとまたギャンブルが始まるという。


〈ギャンブル症でいったんタクアンになった脳は、二度と大根にもどらない〉のだ。


 ならば、そもそも国民がギャンブルに触れる機会を減らす施策が求められるが、ますますギャンブルは身近になっている。大阪市で進むIR(カジノを含む統合施設リゾート)の建設しかり、新型コロナ禍で浸透した公営ギャンブルのオンライン化しかり。


 つい最近は、タレントやスポーツ選手が違法のオンラインカジノを利用していたとして、処分されたり活動自粛したことが報じられた。一般人を含めれば、かなりの数が利用していた可能性は高い。


 自業自得と思われているのか、薬がないからか、患者数に比してあまり顧みられてこなかったギャンブル依存症だが、そろそろ真剣に対策を講じなければ巨額の社会的損失を負うハメになりそうである。(鎌)


<書籍データ>

ギャンブル脳

帚木蓬生著(新潮新書990円)