国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED:Japan Agency for Medical Research and Development)は、14年の設立から10年を経て第3期を迎えるのに先立ち、3月10日に『わが国の医療研究開発の推進におけるAMED ~これまで、これから~』をテーマとする10周年記念シンポジウムを開催した。今や医薬品業界で存在を知らぬ者はいないAMEDだが、事業の全体像を把握する機会は少ないかもしれない。そこで、医薬品関連のプロジェクトを中心に、今後の展望と課題を紹介する。

※以下の内容は、三島良直氏が理事長講演で言及した内容を中心に、AMEDや内閣府等の資料で補完しまとめた。

 

■安倍内閣の「日本再興戦略」が出発点


 三島氏は同日の講演で、改めてAMEDの位置付けを述べ、第1期(15~19年度)、第2期(20~24年度)を振り返った後、第3期(25~29年度)への展望を示した。


【AMED設立の経緯と役割】設立の契機は第2次安倍内閣成立の半年後に策定された『日本再興戦略 -JAPAN is BACK-』(13年6月閣議決定)。「成長への道筋」に沿った主要施策例のうち「健康長寿産業を創り、育てる」の一環として、わが国の優れた医療分野の革新的技術の実用化を強力に後押しするため、一元的な研究管理、研究から臨床への橋渡し、国際水準の質の高い臨床研究・治験が確実に実施される仕組みの構築等を行う司令塔機能(日本版NIH)の創設が挙げられた。


 さらに14年には『健康・医療戦略推進法(推進法)』と『国立研究開発法人 日本医療研究開発機構法(AMED法)』が成立し、AMEDの設立に至った(当時は独立行政法人)。『推進法』の核となるのは「先端的研究開発と新産業創出」であり、AMEDは「基礎から実用化まで一貫した、医療分野の研究開発の推進」「成果の円滑な実用化」「総合的かつ効果的な研究開発環境整備」の中核的な役割を担う機関とされた。


 AMEDは、内閣府に置かれた「健康・医療戦略本部」の意を受けて、医療分野の研究開発関連予算(国が定めた戦略に基づくトップダウン研究のために研究者や研究機関に配分される研究費等)を集約。資金配分機関(funding agency)として、基礎から実用化まで切れ目のない研究開発支援を実施することで、かつて文科省・厚労省・経産省がそれぞれに行っていた健康・医療に対する取り組みを一体的に実行することが可能になった。


 なお、AMEDの予算は3つの所管省からの補助金を基本とし、年度途中で配分される追加的予算である調整費が、ある意味AMEDの裁量で使える財源である。

 

【第1~2期の事業運営体制】第1期は9つのプロジェクト(PJ)を運営したが、モダリティ等の開発を行う5つの「横断型PJ」と、4つの「疾患領域対応型PJ」が並列していたため、前者の成果を後者に十分応用できなかった。


 そこで、第2期ではモダリティ等を軸に6つの「統合PJ」を編成〈図1〉。PJごとにプログラムディレクター(PD)をトップに据え、各事業にプログラムスーパーバイザー(PS)のもとプログラムオフィサー(PO)を配置(24年末時点でPSは126名、POは405名)。三者が協力して統合PJ全体の課題を把握し、担当PJの運営や統合PJ間の連携にあたる形にした。さらに、各疾患領域にコーディネーター(DC)を置き、柔軟な運営を可能にした。


◎PD:重点分野全体の課題を把握し、担当分野の運営や分野間の協力の推進等の高度な専門的調整を行う。担当分野で研究開発の加速が必要な事業の拡充や新規事業の追加等について理事長に提言する。

◎PS:担当する事業の目的および課題を把握し、事業の運営を行う。

◎PO:PSを補佐して事業運営の実務を担う。

◎DC:高度の専門知識と豊富な経験を生かして理事長・執行部やPDに提案・助言を行う。



■薬事承認は4年間で40件


 第2期の支援課題については、23年度末までの4年間で、トップジャーナルへの論文掲載が6,090件、非臨床概念実証(POC)の取得357件、シーズの企業導出434件、薬事承認40件などの成果が得られた。三島氏が挙げた主な薬事承認事例は以下のとおり。

 

ユニツキシン21年6月承認/大阪市立総合医療センター-大原薬品。米国およびカナダで高リスク神経芽腫の標準治療薬として用いられており、わが国では長らくドラッグ・ラグの状態が続いていた同剤を、国内調達可能な治療法として導入。2つの国内臨床試験を「革新的がん医療実用化研究事業」等による医師主導治験として実施した。

エザルミア22年9月承認/第一三共-東京大学-国立がん研究センター。再発または難治性の成人T細胞白血病リンパ腫に対する抗悪性腫瘍剤。ヒストンメチル化酵素であるEZH1/2を選択的に阻害する世界初の薬剤。薬剤シーズ創出・前臨床段階で「医療分野研究成果展開事業」「産学連携医療イノベーション創出プログラム事業」(15~17年)を利用。

ダイチロナ筋注23年8月承認・同11月追加免疫について一変承認/第一三共。国産のオミクロン株XBB.1.5対応1価mRNAワクチン。「ワクチン開発推進事業」を利用。

ラパリムス24年1月適応・剤形追加/岐阜大学-ノーベルファーマ。mTOR阻害剤。14年7月に「リンパ脈管筋腫症」に対して承認された「錠1mg」に加え、新たに「脈管腫瘍および難治性脈管奇形」の効能・効果と「顆粒0.2%」の剤形を追加。「難治性疾患実用化研究事業」を利用。国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所も支援。

 

【APOA2-iTQ※】23年2月承認/日本医科大学国立がん研究センター東レ。膵がんの診断補助として血漿または血清中のアポリポ蛋白A2アイソフォーム(APOA2-i)の測定を行う体外診断用医薬品(膵がんの血液バイオマーカー)。


 16年以降、AMEDの「次世代がん医療創生研究事業」「次世代がん医療加速化研究事業」「革新的がん医療実用化研究事業」〔いずれも研究代表:本田一文氏(日本医科大学大学院 生体機能生体機能学分野 教授)〕を利用し、基礎研究から応用研究開発研究へとつないで企業導出し、22年に厚労省に薬事申請。23年6月に承認を得て、24年2月に保険収載された。


※完全長APOA2のC末端はアミノ酸配列がアラニン(A)-スレオニン(T)-グルタミン(Q)だが、膵癌や膵炎患者では血液中に何らかの膵由来エクソペプチダーゼが放出されてAPOA2-TQ末端が切断され、APOA2-ATに変化する。


 この他、再生・細胞医療・遺伝子治療製品デリタクト注(世界初の脳腫瘍ウイルス療法/21年6月条件・期限付き承認/東京大学医科学研究所附属病院/アカデミア主導創薬)、再生医療等製品ビズノバ(水疱性角膜症治療/23年3月承認/京都府⽴医科⼤学-オーリオンバイオテック・ジャパン)、医療機器シンフォリウム(心・血管修復パッチ/23年7月承認/大阪医科薬科大-福井経編興業-帝人)などの実用化においてAMEDの支援が利用された。


■データ利活用やライフコースも視野に


【第2期における環境の変化】第2期に採用した統合PJによって、開発目的が明確になり、研究者の実用化に対する意識が変わった。また、研究開発モダリティをPJに統合した結果、新たな医療技術をさまざまな疾患に展開できるようになった。したがって、モダリティ等を軸とした統合PJ体制は基本的に有効に機能したものと評価された。


 一方で、20~24年度にはかねて存在していた「ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロス問題」および「わが国の医薬品等産業の国際競争力低下」の顕在化やコロナ禍など、医療分野の研究開発を取り巻く環境の変化があり、新たな課題が生まれた。具体的には「出口志向の研究をリードできる人材の育成」「国際水準の臨床試験の実施」「アカデミアやスタートアップによる絶え間ないシーズ創出と育成」「将来の感染症有事に備えるためのワクチン・治療薬・診断薬開発」や「予防・重症化予防・健康づくりに資する保健事業やヘルスケアサービスの創出」の必要性などである。


 また、第1期と比較して第2期では改善したものの、依然「関係府省庁に紐づく施策・事業間の壁」があることも指摘された。

 

【第3期の事業運営体制は“立体的”】そこで、25年度以降に向けて、統合PJ方式を継承しつつ、それだけでは十分に解決できない「実用化に向けた統合PJの課題」「新たな創薬モダリティの研究開発」「データの利活用方策」「臨床研究のさらなる充実」「基礎研究の強化のあり方」などについて、PJ間の連携強化や体制を見直した。その結果、第3期は9つの統合PJと、それを横断する疾患領域での研究開発を以て事業を運営することになった〈図2〉。以下に具体的な内容を述べる。


 


 ❶医薬品PJ、❷医療機器・ヘルスケアPJ、❸再生・細胞・医療・遺伝子治療PJを維持しつつ、❹感染症PJを創設し、将来起こりうる新たな感染症パンデミックへの対応として感染症関連事業を集約することとした。


 また、生殖・妊娠期から老年期までの長期のライフコースを通して疾患研究を行うべきものは❺データ利活用・ライフコースPJにまとめ、生涯を通じた健康データからリスクを解明し、問題が顕在化する前の予防法等の開発を推進することにした。具体的には「ゲノム・データ基盤の整備・発展・利活用の促進」「データを活用した病態解明※」「実用可能な予防・診断・治療法の新規開発」「ゲノム医療・個別化医療の実現に向けた研究開発」などが想定されている。


 ※対象は、がん、移植、精神疾患、認知症、成育(医療)、女性(特有の疾患やリプロダクティブ・ヘルス)、生活習慣病領域疾患(循環器疾患、糖尿病、腎疾患、免疫アレルギー、長寿科学を含む)、難病など。


 第2期に引き続く❻シーズ開発・基礎研究PJでは、アカデミアの組織・分野の枠を超えた研究体制を構築し、新規モダリティの創出に向けた画期的なシーズの創出・育成等の基礎的研究を推進するとともに、国際共同研究を強化する。


 新設された❼橋渡し・臨床加速化PJでは、「橋渡し研究支援機関を通じた医師主導治験」や「企業導出に向けた機関内外のシーズ発掘・育成支援」臨床研究中核病院医療系スタートアップ支援拠点との連携の緊密化」「臨床研究中核病院におけるドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロス解消に向けた治験・臨床研究の推進」などを行う。


 ❽イノベーション・エコシステムPJは、AMEDに造成した基金によって「国内外のベンチャーキャピタル(VC)の認定」と「認定VCが出資するベンチャー企業への非臨床・治験段階の開発支援」「複数年にわたる幅広い産学連携での医薬品等の研究開発」などを実施する基金事業。上記「大学発医療系スタートアップ支援プログラム」と「創薬ベンチャーエコシステム強化事業」の連携・協力が核となる。


 疾患領域関連の研究開発は、統合PJとは異なる観点からの対応を要するため、第2期と同様に統合PJを横断する形で、特定の疾患をごとに柔軟なマネジメントを行う。


 AMEDの説明図を見ると、❶~❹のPJが同じ位置付けで、その背景に❺のデータ利活用・ライフコースPJがある。全体の基盤になるのが❻シーズ開発・基礎研究PJであり、❶~❺と❻をつなぐのが❼橋渡し・臨床加速化PJ、❽はいわば環境整備だ。第1期は一次元、第2期がマトリックス型の二次元だとすると、第3期は三次元のイメージで、マネジメントの難度が高い印象を受ける。


【事業予算の規模】内閣府健康・医療戦略推進事務局の『令和7年度 医療分野の研究開発関連予算 概算要求のポイント』によると、概算要求額のAMED対象経費1,065億円とインハウス研究機関経費803億円、計1,868億円のうち、❶医薬品PJは392億円と統合PJの中で最大の予算額であるが、各事業は10~50億円の範囲のものが多い〈図3〉



 さらに、三島氏が示した「2023年度 課題と研究開発費分布」〈AMEDデータブック 2023年度p.1〉によると、「課題あたりの研究開発費」は「1,000万円以上~2,500万円未満」にピークがあり、1億円超の課題は262件(9.8%)だった(23年10月時点)。同氏によると、AMEDの役割として「研究において優れたシーズを生み出す」ことに重きが置かれ、薬事承認までの前半部分に注力していることが現れた数字ではある。しかし、第2期中長期計画で「成果を一刻も早く実用化し、患者さんやご家族の元にお届けする」を掲げており、今後は「実用につなぐためにどういう役割を果たしていくか」が重要になるという。


最大の〝ギャップ〟をどう埋めるか


【識者からの指摘】AMEDと同じ内閣府の施策の「科学技術・イノベーション」の大きな括りの中で、「総合科学技術・イノベーション」枠には14年に開始された『戦略的イノベーション創造プログラム』(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program、エスアイピー)がある。SIPは、社会的課題の解決や日本経済・産業競争力にとって重要な課題を設定し、そのプログラムディレクター(PD)および予算配分をトップダウンで決定し、基礎研究から社会実装までを見据えて一気通貫で研究開発を推進するものだ。第3期(23~27年度)の現在は、14課題が年間280億円ほどの予算で進められている。その課題の一つが統合型ヘルスケアシステムの構築だ。


 永井良三氏(同課題PD、自治医科大学学長)は、3月4日に行われた令和6年度医工連携研究会(主催:東京都医工連携HUB機構)で『医療ITとAIの最近の展開:内閣府SIPの紹介』と題して講演。本題は、医療デジタルツインやIT/AI活用によって時間と空間を超えて医療情報が連結・整理・統合され、医療資源の利活用や医療現場の効率が悪い現状を変えて各種課題を解決する「医療版Society 5.0の実現」ではあるが、その前提として、わが国の医療を取り巻く現状を振り返り、「医薬品の輸入超過(22年は4.6兆円の貿易赤字)」「日本市場における内資系製薬企業のプレゼンス低下(22年の売上シェアは全体の36%)」などの数字を挙げた。


 また、「バイオ創薬の時代となり、日本には新たな“死の谷”が出現している」「アカデミアのアイディアやシーズから、バイオ創薬で高いレベルの開発品を創製し、早期臨床試験につなげていく“創薬段階”が日本では弱体化している」として医薬品の基礎研究から医療に実装されるまでのプロセスを俯瞰し、AMEDの支援については「基礎研究には充実しているものの、創薬初期やスタートアップへの支援が大きく不足」「資金支援規模が小さい」「創薬の専門家不在。かつ専門家による継続したハンズオン支援がない」などの点を指摘した。


 ちなみにAMED以外のステークホルダーについても「大手製薬企業でもバイオ創薬のプラットフォームを有するのは極めて限定的」「バイオ創薬を支援するCRO、製造を支援するCDMOも国内に見当たらない」「先端的バイオ開発品の臨床試験を行う実験施設・人材が不足」などの見方を示した。


【医薬品業界およびAMEDの自覚】こうした指摘は、AMED関係者自身も十分に承知している。


 シンポジウムで三島氏は、「創薬研究を例にとってAMEDが支援する研究開発の社会実装について考えてみたい」として「製薬協の上野会長が作成してくれた」図を提示〈図4〉。「AMEDの基礎研究から、その次の創薬研究開発に入る部分に大きなギャップがある」と永井氏と同様の認識を示した。



 その上で、アカデミアと製薬企業の双方からギャップを埋めるには、「適切な標的・モダリティ・適応症の組み合わせを念頭に置いた創薬研究に仕立てなければならない」「企業経験者の目線を加えて他研究と組み合わせ、創薬研究・開発プロセスに乗せる必要がある」。これを実現するために、「❶情報収集・分析(目利き)、❷出口戦略立案、❸案件調整を通じて、AMEDの事業間連携の機能強化を図っていくことが第3期の一つの目標」とした。


 AMED第3期は、理事長を三島良直氏から中釜斉氏へとバトンタッチして始動することが決まった。先述の『推進法』第8条には「連携の強化」として、国・地方公共団体・研究機関・医療機関・事業者の相互連携と協力によってはじめて、健康・医療に関する先端的研究開発や新産業創出が効果的に進むことに鑑み、国は連携の強化に必要な施策を講ずるべきことが述べられている。AMEDの運営には気が遠くなりそうなほど多くの事柄が求められるが、この分野での先端的な研究開発が進み、新産業が創出され、文字通り日本再興に貢献できるか、アカデミアにとっても医薬品業界にとっても正念場といえる。


2025年3月27日現在の情報に基づき作成

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本島玲子(もとじまれいこ)

「自分の常識は他人の非常識(かもしれない)」を肝に銘じ、ムズカシイ専門分野の内容を整理して伝えることを旨とする。

医学・医療ライター、編集者。薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師。