先頃、警視庁は三菱UFJ銀行の2つの支店で起こった貸金庫窃盗事件で、同行の元行員を窃盗容疑で追起訴した。追起訴は同行練馬支店分で貸金庫から金塊4㎏と現金4490万円、さらに数十万円分の旅行券を盗んだ、というものだと報道されている。元行員は2020年からの4年間で2つの支店の貸金庫から現金10億円、金塊7億円相当以上に上ると見て捜査してきたが、裏付けできたのは現金で6140万円、金塊が26㎏(約3億2700万円)で、今回の追送検で三菱UFJ銀行の貸金庫窃盗事件は捜査を終了すると伝えている。
この三菱UFJ銀行に続いてみずほ銀行でも、女性行員が顧客2人の貸金庫から6600万円を、ハナ信用金庫でも支店の次長が同様に貸金庫から6億6000万円を窃盗していたことが報道されたが、こうした銀行の貸金庫での窃盗事件ほど面白い、いや、興味が湧く事件はないように思う。なにしろ、貸金庫に何が入っているかを知っているのは、利用している顧客と盗んだ犯人だけなのだ。顧客だって、家族に銀行の貸金庫を借りていることを話していないことも多いだろう。
実は、私も貸金庫を利用した経験がある。もっとも、正確にいえば、ある日、自宅の鏡台に見かけないカギがあるのに気付いて、家内に「この鍵は何のカギか?」と聞いたら、「あぁ、それは銀行の貸金庫のカギよ」という。びっくりして「給料日までまだ5日もあるのに足りるかなぁ、なんて言っているのに、貸金庫に預けるカネなどないだろう。金塊なぞあるはずないのに、一体、何を預けたのだ。だいいち、毎月、数千円の利用料を取られるだろう」と聞くと、我が女房殿は「そう、うちにはカネもないし、金塊もないから、アンタの生命保険証と結婚したときの指輪を入れといた。どういうものか知りたかったのよ」と平然と答える。どうやら、テレビドラマで見たのか、知人から聞いたことから試してみたかったらしい。
早速、女房殿に連れられて、銀行に行き、貸金庫の案内を乞うと、課長か係長だったかが貸金庫室のカギを手に、それはそれは丁重に案内してくれた。後はテレビドラマなどでご存知の通りだ。貸金庫室は6畳か8畳くらいの広さで三方に小型の引き出しがぎっしり並び、部屋の中央に台がある。行員は家内から鍵を受け取ると、引き出しのカギを開け、中央の台に引き出しを置き、「終わりましたらご連絡ください」と言って立ち去る。確かに私の保険証書が入っていた。こんなものアパートの鏡台の引き出しで十分なのにと思ったが、まぁ、いい経験をした。
話を戻すと、顧客が貸金庫に預けたものが何なのか銀行も知らないのだ。顧客が「貸金庫に入れておいた1億円がなくなっている」「金塊がなくなっている」といっても、銀行は「いえ、そんなはずはありません。お客様の勘違いではないでしょうか」としか答えようがない。
そもそも、貸金庫に預けた金は一体どういう性質のカネなのだろう。ふつうなら定期預金か普通預金にしておけば、低金利といっても金利が付くのに、わざわざ利用料を払って無利子の貸金庫に預けるのか。タンス預金にしては金額が大きい。家族や世間には知られたくないカネなのだ。へそくりか、脱税したカネか、あるいは不正行為で得た所得としか見えない。金塊でも同じようなものだ。正規の貴金属商は購入者の住所氏名を記録するし、売却のときも必ず住所氏名を記録するように決められている。ただ、数十年後、息子や孫の代になって金塊を売却すれば、相続税だけは免れることができるかもしれない。
どちらにしても真っ当なカネではない可能性が高い。顧客がいくら盗まれたと銀行に抗議しても、銀行はそんなはずはありませんと、拒否、いや、取り合わないだろう。ホントは貸金庫に1億円入れておいたのに、3億円がなくなっている、と騒いでもおかしくないのだ。
今回の発覚は、万一に備えたマスターキーを入れておく封筒の封に開けられた形跡があったからで、封筒を預かる担当者を問い質したら、厳重管理のはずのマスターキーを入れた封筒をそっと開け、そのキーを使い、窃盗したことを白状したからだ。窃盗した内容は2020年から2024年までに転勤先を含めて2つの支店で10億円以上の現金と金塊など7億円相当とされたが、警察の捜査では裏付けが取れたものは現金が6140万円、金塊が26㎏(約3億8840万円)だったとされている。おそらく、被害者である顧客が言う被害金額と、加害者である元行員が白状した金額とが合わないだろう。被害者の顧客が金額をオーバーに主張し、一方、加害者の行員は金額を低くいっても、真相はわからないのだ。
そもそも、被害者は「脱税のカネではありません。へそくりです」、あるいは「亡くなった親からもらった金です」とか、「知人から預かった金です」、さらに「会社から一時的に預かることになった金です」等々、説明しただろう。警察もその裏付けを取るのに苦労したはずだ。いやいや、そればかりではない。国税庁は脱税したカネの可能性を考えて注目しただろうし、銀行を監督する立場の金融庁もさぞ困惑しただろう。むろん、当の銀行は行員による窃盗事件となってしまっただけに頭が痛かったに違いない。
朝日新聞は「みずほ銀行でも同様の事件があったのに公表しなかった」と大見出しで批判していたが、それは無理だ。被害者の顧客と加害者の行員の犯行であるうえに、双方が言う被害額を銀行は知らないのだし、顧客も被害を世間に知られて欲しくないのだから、世間に公表したくないのは当然だ。むしろ、事件記者として、公表しなかったことではなく、銀行の顧客が預けたカネがどういう性質のものだったのか明らかにしてほしいくらいだ。
銀行は貸金庫を置く支店の数を減らしたり、マスターキーを本店が預かるように変更すると言い、金融庁はマネーロンダリングに利用されないように現金の保管は禁止するように銀行監督指針を変更すると公表した。だが、今回の事件の裁判では貸金庫に預けられた金塊や現金がどういう性質のものだったのか、ということまで解明してほしいものだ。ひょっとすると、国内の闇の部分が明らかになるかもしれない。(常)