兵庫の出直し県知事選はN国党党首・立花孝志氏の乱入および扇動により熱狂のるつぼと化し、パワハラなどの疑惑で失職した前職・斎藤元彦氏が判官びいきの声援を受け再起を果すという異例の結末を見た。と思いきや、わずか数日後、斎藤氏陣営のネット広報を担当した(斎藤氏本人はその委託を否定)地元PR会社が世論を盛り上げた「功績」をネット上で自画自賛、そのことで今度は陣営に公選法上の重大な疑惑が持ち上がり、県政の混乱はさらに続く見通しだ。


 今週の『週刊文春』と『週刊新潮』は選挙結果が出た直後のレポートとして、「斎藤元彦知事を待ち受ける独りぼっちの執務室」(文春)、「ネットを見ない人には全く理解不能 パワハラ『斎藤元彦知事』に熱狂した兵庫県民の深層心理」(新潮)というタイトルで記事を載せ、兵庫県民の判断をいずれも冷ややかなトーンで報じている。


 とくに文春は4ページを割いたトップ記事として、この問題をまとめた。それによれば、斎藤氏の当選を支えたのは総勢約400人の「SNS部隊」の活躍で、彼らのLINE上のオープンチャットには、対立候補の稲村和美氏を攻めるポイントとして外国人参政権の推進などの事項を「指南」する提案もあったという(稲村氏陣営はこれを「デマ」と否定、他のネガティブ・キャンペーンやSNS活動の妨害と併せて選挙終了後、兵庫県警に告発状を提出した)。


 斎藤氏躍進の原動力にはもうひとつ、立花氏が演説やYouTubeで、斎藤氏の諸疑惑を告発した元県民局長(7月に自死)を貶める根拠不明の個人情報を拡散したことがある。文春記事はさらに、選挙前「斎藤氏のパワハラを見聞きした」と全体の4割が回答した県職員たちの落胆ぶりも取り上げて、斎藤氏側近の「四人組」と呼ばれていた県幹部のうち2人を直撃しているが、そんな立場の人間でさえ「ボスの帰還を歓迎する気配は全くない」らしく、斎藤氏が今後、職場で孤立無援となる雰囲気を伝えている。


 新潮のトーンもほぼ同じだ。「選挙戦の主舞台がSNSなどに移ったことで、かつてないほど大量のデマや誹謗中傷が飛び交った」とするテレビ記者のコメントやITジャーナリストによる「極端な善玉悪玉論に争点が絞られた」という指摘を取り上げている。このフィーバーにおける「善玉」はもちろん斎藤氏、「悪玉」はそれを叩いた大手メディアになるわけだが、論拠となるまともな情報はネット上には見つからない。ただただ感情論のエコーチェンバーに飲み込まれるだけの様相だったという。


 選挙終了後、こうした熱狂的斎藤支援者の書き込みは大幅に減少し、興奮状態はだいぶ収まったように思えるが、それでもなおコアな支持層のマスコミ敵視は強烈だ。個人的な印象では、ワイドショーなどの疑惑追及が「業者からもらったカニを独り占めした」等々の「おねだり」を面白おかしく報じることに力を割き、より本質的な問題、公益通報者保護法では御法度の「通報者探し」が行われ、そのプロセスで押収PCから発見した通報者の「プライバシー上の弱み」を握ることにより、当人を自死に追い込んだ、という最も醜悪な部分の適示が不十分だった。メディア側としてはそのことが「付け込まれる最大の隙」になったように私には感じられる。


 ただそれでも、メディアの報道よりSNS情報を信用する、という人々の大量発生は度し難い。たとえて言うならば、重大な医療過誤が立て続けに発生したとして、「もう医療は信じられない」と、わけのわからない民間療法やスピリチュアルな救済に人々が殺到するようなものだ。メディアの報道には問題がさまざまある。それはそれで改善が必要だが、だからと言って不正確どころか意図的なウソが大量に混在するSNSの世界に価値判断の基準を求めるのは正気の沙汰ではない。とは言っても、有権者が理性を取り戻す未来も見えてこない。何しろ「1ヵ月に1冊も本を読まない人」が全体の3分の2を占める時代である。「1人ひとりがリテラシーを持つべきだ」などと訴えても無理な話である。「兵庫ケース」は今後の選挙スタンダードになる。そんな覚悟を持つべきなのだろう。


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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)、『国権と島と涙』(朝日新聞出版)など。最新刊に、沖縄移民120年の歴史を追った『還流する魂: 世界のウチナーンチュ120年の物語』(岩波書店)がある。