子どもの頃夏休みといえば、昆虫採集をする(たいてい男子)というのが定番だった時代でしたが、朝早く昆虫を獲りに森へ行かなくても都心に近い団地にも虫は身近にいっぱいいました。今では昆虫も少なくなってきている気がします。最近の子どもたちのどれだけが麦わら帽子に網を持って走りまわっているのでしょう。


 個人的にはここ数年の夏の楽しみに「昆虫〝撮〟集」があります。そう、スマホで撮影するだけですが、一応家に来た虫限定で集めています。アパートなのですが、どういうわけか帰宅すると両隣のドア前には全然いないのに我が家のドア前にカナブンかコガネムシがいることがたびたびあり、まるで帰りを待っているような感じだったので、面白半分に撮り始めたのがきっかけです。毎年20匹くらい撮ることができます。大半がカナブンなどですが、たまにカブトムシとかカミキリムシも来ます。さすがにセミが部屋に飛び込んできたときはあまりのうるささに閉口しました。


 以前昆虫の写真を表紙にしたノートが槍玉に上がっていたこともありましたが、西洋人に比べれば昔から虫に目を向けることが多かった日本人。先日リマスター版で観た『覇王別姫〜さらば、わが愛』にもコウロギを戦わせるシーンがありました。比較的アジア人は虫好きなのかもしれません。


 さて、夏になるとどこかしらで虫関係の展示会があるのですが、サントリー美術館で開催中の『虫めづる日本の人々』(〜9/18)は物語や和歌にいかに多くの虫たちが登場し、親しまれていたのがよくわかるものでした。鎌倉時代の蝶蒔絵香合から虫歌合絵巻や喜多川歌麿の浮世絵、中国の草虫図など、これだけ〝虫〟という視点でこんなに多彩な作品に虫を登場させていたのですね。もともとは中国で人気が高まっていった草虫図が日本に入ってきて人気になり、広がっていったようです。のちにアールヌーボーに影響を与えた日本美術にも多く登場する昆虫たち。西洋の人たちの虫に対する見方を変えたからこそトンボが施されたブローチや花瓶が人気になったのかもしれません。



 古典の『堤中納言物語』にある「虫めづる姫君」という話をマンガで知ったのですが、こんな変わった姫君の話が読み継がれているのが面白いと思います。


 日本で虫の音を愛する文化が宮廷から庶民に広がり、江戸の道灌山や根岸が虫聴や蛍狩の名所として人気スポットになっていたとか、蛍を入れるカゴはこんなのだったのかと伊藤若冲、酒井抱一、喜多川歌麿、葛飾北斎などの作品で虫と人々の関わりを見ることができて楽しかったです。猛暑の毎日でも9月になるとさすがにセミの声より秋の虫の声が聴こえるようになって、気温はさておき秋が来たなと思えるようになりました。


 ところで、カナブンとコガネムシの見分け方をご存じでしょうか?「三角カナブン、丸コガネ」といって、体の真ん中の羽根の付け根の形で見分けるそうです。