『コルトレーンを追いかけて』(2016年/99分/アメリカ)。監督:ジョン・シャインフェルド
前回は帝王マイルスの映画を取り上げた。今回はモダンジャズの巨人コルトレーン。その半生を知る人は多くない。薄暗いジャズ喫茶の片隅で腕を組み、しかつめらしい顔をして聞き入っていた頃が懐かしい。
ジョン・コルトレーン(1926―1967)は幼少期、聖職者の祖父に連れられて黒人教会に出入りしていた。その祖父が亡くなると一家はフィラデルフィアに転居。高校を卒業したコルトレーンはクラリネットからサックスに持ち換え、海軍に入隊する。当時人気急上昇だったチャーリー・パーカーと出会い、その異才ぶりにショックを受ける。1年で除隊後、ディジー・ガレスビーのバンドに入り修業を積む。
1955年、マイルス・デイビスのバンドに加入し、名版『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』で注目を浴びる。マイルスの知名度で彼の名もまた上がった。しかし、麻薬におぼれていたことが発覚するとマイルスは激怒。クビになった。その後の2年間、死ぬ思いをして麻薬を絶ちNYに。そこで『ラウンド・ミッドナイト』の作者でもあるセロニアス・モンクのもとで音楽修業に打ち込んだことが転機になり、マイルスから再度招集された。そこで録音されたのがマイルス不朽の名作『Kind Of Blue』だ。
映画は、コルトレーンの描画とスナップ、家庭用の8ミリ、演奏フィルムを駆使し、家族や当時のバンドメンバーの証言を盛り込んで構成されたドキュメントだ。コルトレーンが残したと思われる証言を、名優デンゼル・ワシントンが話すのもいい。一部の評論家やミュージシャンはマイルスの映画と重複する人もいるが、そのなかに、ビル・クリントン元大統領がたびたび登場する。
コルトレーンの「充実期」は、1959年からの2年間だ。アトランティックレコードで出した『Giant Steps』『My Favorite Things』は、収録された曲のすべてが素晴らしい。このときのメンバーは、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ジミー・ギャリソン(ベース)、エルヴィン・ジョーンズ(ドラムス)という新進のプレーヤー。後にジャズ界の重鎮となった大物たちだ。
そして1964年、衝撃の録音となる『A Love Supreme』(至上の愛)を世に問うた。コルトレーンはこの作品のなかで、短い時間だがうめくような声を上げて歌っている。それがなんともおどろおどろしく不気味だ。一時期、ジャズは日本の若者の間で「流行りもの」だった。マイルスとコルトレーンを聞けば時流に乗った気分だったが、俄かファンは、大体この曲を聴いて一時去って行った人が少なくなかった。何を隠そう、小生もそのひとりだった。これ以降のコルトレーンは、宗教がかった曲想が多くなり、ソプラノ・サックスを多用し、ほとんど壊れるのではないかと思えるほど楽器を酷使する演奏スタイルに変貌していった。フリージャズが台頭していた時期に重なり、その傾向は一層顕著になっていく。
1966年に初来日。そのときのエピソードが終盤、大きく取り上げられている。被爆地長崎でのコンサートを控え、被災記念碑の前で祈り献花する姿が映し出される。そして翌年、肝臓ガンで急死する。
亡くなってすでに半世紀以上が経っているが、コルトレーンのアルバムはいまだに売れ続けている。晩年はフリージャズへの過度な傾斜でファンを戸惑わせたが、60年前後にピークを迎えた10年あまりの活動で「モダンジャズの巨人」と崇拝され続けている。演奏中は思慮深い表情を消して崩さなかった「聖人」コルトレーンが、家族の前で微笑んでいる姿は貴重な資料だ。(頓智頓才)