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エグゼンプト・ドラッグ

2023/09/06 会員限定記事

言葉が動かす医薬の世界 61

 新規収載医薬品、既収載医薬品、類似薬効比較方式、算定薬価、算定方式、市場拡大再算定、不採算品再算定、外国平均価格調整、原価計算方式、有用性加算、画期性加算、小児加算、市場性加算、キット加算、傾斜配分、加算率、規格間調整、規格間比、不採算品、最低薬価品目、薬価基準収載頻度、特例引き下げ、薬価調査、薬価改定方式、新薬評価組織、保険償還価格……と並べていくとキリがないが、これらはすべて「薬価制度」に関わる独特の用語である。


 いずれの言葉にも厳密な定義や計算法があり、専門家以外はほとんど理解できないし、通じない。ひとつの制度がこんなに多くの独特の言葉を生み出してきたことは非常に興味深い。例えばGCPにはモニタリング、エンドポイント、インフォームドコンセント、バリデーションなどのカタカナ用語が頻出するが、薬価制度に関してはカタカナ用語はほとんど使われていない。これは皆保険制度とそれを支える薬価基準制度が日本独特のものである証だろうか。


 こんな薬価制度の世界に「エグゼンプト・ドラッグ」という、聞きなれないカタカナ言葉が突然に登場してきた。


 昨年、日本製薬工業協会は「新薬価制度案」を提案した。新制度の基本スタンスは「イノベーションの成果の評価と活用により、未だ十分な治療法が確立していない疾病のための薬剤の創出を活発化し、国民の利益最大化を実現する薬価制度」としている。新制度案の骨格はエグゼンプト・ドラッグの設置である。


 エグゼンプト・ドラッグとは「薬価改定猶予医薬品」を指す。その内容は「特許期間もしくは再審査期間中の医薬品、その他国が定める医薬品(希少疾病用医薬品、必須医薬品など)をエグゼンプト・ドラッグとし、一定要件の下、価格改定を猶予・免除する」ものである。さらに医療費抑制に対応するために「エグゼンプト・ドラッグによって、特許期間中の改定が猶予された医薬品は、後発品上市後、最初の薬価改定時に猶予分を一括引き下げる」とある。


 端的にいえば、イノベーションの成果である特許製品について、特許期間中は薬価改定による薬価の引き下げを猶予するという現行の薬価制度下では極めて斬新な提案である。特許期間中の保護権限拡充策であり、イノベーションがスパイラル的に発展するための収益と新たな研究開発投資資源の確保を、新薬創製企業が要請した大胆な提言といえる。


 薬価改定を猶予する一定要件の下とはどのような要件を指すのか、特許内容の吟味はどうするか、画期的新薬は別にしても改良的新薬と既存類似薬との間に齟齬は起きないかなどの疑問が出てくる。また、抗エイズ薬や抗マラリア薬で起きた知的所有権への反発理念は、公的保険制度下においてエグゼンプト・ドラッグを容認するのか。薬価基準制度全般や薬価改定に及ぼす影響など詰めるべき事項は多い。なお、製薬協はここに記した2点のほか、「届出価格承認制」や「後発品への代替促進」を移行プロセスも含めパッケージとして提案している。


 本案は中医協においては本格的な議題として審議されず、4月以降の検討テーマになった。


 これからメディアを通してエグゼンプト・ドラッグという用語がどの程度使用されるだろうか。イノベーション評価の新しい仕組みづくりが成功するかどうかはこの言葉の使われ具合によるだろう。エグゼンプト・ドラッグという言葉が市民権を得て新制度を生むことになるかどうか、関心は高い。


神原秋男 著
『医薬経済』 2008年2月15日号

2023.08.09更新